先日、新日本プロレスの公式サイトをクロールしていると、
上記の記事を見つけたので、それを取り上げてみたいと思う。
それは2月にNHK BSで放送された番組、
「ザ・ヒューマン〜プロレス、新時代へのゴング ハロルド・メイ〜」
をテキスト化したというニュースである。
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コチラの番組を見た方も多いかと思うが、
このように活字にしてもらえると、
メイ社長が就任後行ってきたこと、
また考え方の本質などが、改めてよくわかるかと思う。
一体メイ社長は新日本プロレスに何をもたらしたのか?
これを機に今一度振り返ってみようかと思う。
社長就任の最大の理由
メイ社長が新日本プロレスの社長就任を決断した最大の理由。
その理由について、メイ社長は以下のように語っている。
”これから一緒に夢を見ながら会社を大きくしていこう”というのを、
1回やってみたかったんです。
しかもそれが自分の好きなプロレスでできるという、
こんなうれしいことはないですよね。
(引用:NHK公式)
『一緒に夢を見ながら会社を大きくしていきたい。』
これはメイ社長のこれまでの経歴を見ていると、よくわかる話である。
メイ社長の経歴を時系列順にまとめてみると、このようなものになる。
ハイネケンジャパン
↓
ユニリーバ
↓
サンスター
↓
コカ・コーラ
↓
タカラトミー
どの会社を見ても、いずれ劣らぬ大企業である。
そしてその多くの企業で社長を含めた要職を務めている。
そのように多くの大企業で辣腕をふるってきたメイ社長だが、
逆に新日本プロレス規模のスケールでの経営は未経験であった。
会社規模を圧倒的に大きくする。
その未経験の部分へのチャレンジに大きな魅力を感じたということだろう。
それを子供のころから大好きであった、プロレス業界で出来る。
ここまで条件が揃えば、メイ社長に断るという選択肢は
なかったというわけだ。
SNS戦略を中心としたマーケティング戦略
暗黒時代と呼ばれた2000年代、大きく売上を落とすことになった新日本プロレスだが、
メイ社長就任後の2019年、その売上は54億円を記録した。
見事にV字回復を成し遂げた新日本プロレスだが、
メイ社長は就任後、一体何を改革していったのだろうか。
まず改革の大きな施策としては、SNS戦略を筆頭とした露出の拡大だろう。
そちらについては、メイ社長はこのように語っている。
われわれは選手一人一人がブランドだと思っているんですね。
というのは、個性が非常に豊かな方々ばかりなので、
そのメッセージを消費者に伝えたいんです
(引用:NHK公式)
当たり前の話だが、どれだけ良い商品、プロレスの場合はレスラーであるが、
顧客に認知されなければヒットすることはありえない。
まずは広く世間に新日本プロレスを知ってもらう。
マーケティングのプロである、メイ社長はその部分に着手したわけだ。
それにはもちろんレスラー自身の協力も必要である。
それを最も体現しているのは、新日本プロレスのエースであり、
アイコンでもある棚橋弘至だ。
彼自身もこの番組内でこのように語っている。
プロレスを知らない人、見たことない人にアプローチしようって。
僕は、皆さんによく言われるんですけど
『プロレスラーっぽくないですね』と。それを逆に売りにして、
怖いとか痛そうとか威圧感があるとか、
そういうプロレスの負のイメージを全部ぶっ壊そうと。
でまぁ、よりチャラく派手になった(笑)。
プロレスだけやっていればいい時代はもうとっくに終わりましたね
(引用:NHK公式)
最後の『プロレスだけやっていればいい時代はとっくに終わった。』
これはV字回復の立役者である、棚橋弘至が言うと一層の重みがある言葉だ。
レスラー自身が受け身ではなく、主体的に情報を発信し、プロモーションする。
今となっては当たり前になっているが、その先駆者はこの棚橋弘至だろう。
彼の功績はプロレス界にとっても、想像以上に偉大であると言えるだろう。
まだこの他にもメイ社長が行った改革は数多くあるが、
当記事もここまででかなり長くしまったので、
残りの部分は後編として、明日の次の記事にて書いていきたいと思う。
引き続きそちらもご覧いただければ幸いである。
追記
5月23日、スターダム所属選手である木村花選手が逝去されました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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